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秋田地方裁判所 昭和37年(モ)251号 決定 1962年12月24日

申立人 斎藤照志

外九名

右一〇名訴訟代理人弁護士 佐藤義弥

同 上田誠吉

同 青柳孝夫

同 上条貞夫

主文

本件申立は、いずれもこれを却下する。

理由

第一、本件除斥、および忌避の申立の要旨は、次のとおりである。

一、秋田地方裁判所に係属している昭和三十三年(行)第十号懲戒処分取消請求事件(以下本件訴訟という。)は、裁判官三浦克己、同斎川貞造、同加藤隆一郎で構成される合議体で審理されることになつたが、この訴訟は、被告秋田地方裁判所、および同秋田家庭裁判所(以下被告裁判所という。)と、申立人らの間で、裁判書原本の作成に関して意見が対立し、裁判書原本の作成を命ずる裁判官の命令に従わなかつた申立人らが、被告裁判所から懲戒処分を受けたため、申立人らがその処分の取消を求め、被告裁判所を相手どつて起したものである。したがつて、被告裁判所の意思決定機関である裁判官会議の構成員となつている、秋田家庭裁判所兼秋田地方裁判所判事三浦克己、秋田地方裁判所兼秋田家庭裁判所判事斎川貞造がこの事件の審理をすることは、被告裁判所と同じ立場にたつ右両裁判官によつて、原告である申立人らが裁かれることになる。よつて三浦、斎川の両裁判官は、本件訴訟につき事件の当事者、またはこれに準ずる者であるから、民事訴訟法第三十五条第一号により、本件訴訟の審理については、職務の執行から除斥されるべきである。

二、かりに右両裁判官に対する除斥の申立が容れられないとしても、右三浦、斎川の両裁判官、および秋田家庭裁判所兼秋田地方裁判所判事補加藤隆一郎の三名には、つぎのような忌避の原因がある。

(一)  一、右三浦、斎川、加藤の三裁判官は、いずれも被告裁判所に所属し、被告裁判所が昭和三十三年三月二十二日の裁判官会議で、裁判書原本の作成を拒否した申立人らの態度を不当とする、同会議構成員の一致した見解のもとに、申立人ら全員を懲戒処分にした決議に、司法行政上拘束される立場にある。また被告裁判所が今後本件訴訟を進めるについては、基本方針の決定、その他すべて裁判官会議の決議を経るのであるから、石三裁判官がその決議に関与し、あるいはこれに司法行政上拘束されることになるわけで、このような事情のもとでは、本件訴訟につき右三裁判官からとうてい公正な裁判を受けることができない。

(二)  また斎川裁判官は、申立人筒井喬次の配属されている被告秋田地方裁判所民事部の裁判官であり、加藤裁判官は、同じく民事部の裁判官であるとともに申立人正木郡平の配属されている被告秋田家庭裁判所少年部の裁判官として、右申立人両名に対し、職務上命令する立場にある。したがつてこのような事情のもとでは、右両裁判官から公正な裁判を受けることができないものといわなければならない。

よつて、民事訴訟法第三十七条第一項により、右三裁判官に対し、忌避の申立をする。

第二、右申立に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

一、まず三浦、斎川の両裁判官に、除斥の原因があるかどうかにつき判断する。

本件訴訟の審理を担当する訴訟法上の裁判所の構成員である右両裁判官が、同時に被告裁判所の裁判官会議の構成員となつていることは、申立人らの主張するとおりである。

ところで本件訴訟では、申立人らが原告となり、被告裁判所を相手どつて、被告裁判所がした申立人らに対する懲戒処分の取消を求めているのであるから、その主張自体からみて、ここにいう被告裁判所が、訴訟法上の裁判所を意味するものでなく、行政事件訴訟法、または廃止前の行政事件訴訟特例法にいう行政庁としての秋田地方裁判所、および秋田家庭裁判所を指すものであることはいうまでもない。もとより被告裁判所が司法行政事務を行うについては、裁判所法第二十九条、第三十一条の五により、被告裁判所の裁判官会議の決議によらなければならないわけであるが、そうだからといつて、裁判官会議の構成員と、被告裁判所が同一のものであると論ずることはできない。なぜなら行政庁としての被告裁判所は、国の司法行政機関としてのいわば観念的な存在であつて、その裁判官会議の構成員の更迭にもかかわらず同一性を維持していくものであるから、その裁判官会議を組織する特定の各裁判官個人とは、形式的にみて全く別個の存在であることが明らかである。したがつて、特定の個人である右両裁判官が、被告裁判所の裁判官会議の構成員であるということからただちに被告裁判所と同一の地位にたつものということはできないのである。

また実質的にみても、両者は同一のものではない。すなわち裁判官会議の決議は、下級裁判所事務処理規則第十六条、第十七条により、その裁判官会議を組織する裁判官の半数以上が出席したうえで、出席裁判官の多数決によつて決めることとされているので、裁判官会議の構成員である裁判官個人の意思が、そのまま行政庁としての被告裁判所の意思となるものではない。被告裁判所の各裁判官会議は、申立人らに対する本件懲戒処分をした当時から現在まで、常に十二名ないし十四名の裁判官によつてそれぞれ構成されているのが実情であり、しかも右両裁判官は、右処分当時の裁判官会議の構成員ではなく、当時その決議に関与していなかつたことが明らかである。そればかりでなく、そもそも右両裁判官が行政庁としての被告裁判所に所属する裁判官として、その裁判官会議の決議に司法行政上拘束されることはあるにしても、訴訟法上の裁判所の構成員として本件訴訟を審理するにあたつては、裁判官会議の決議にいささかも拘束されるものでないことは、後にも判示するように裁判の性質上当然のことである。

以上いずれの点からみても、右三浦、斎川の両裁判官が、本件訴訟の当事者である被告裁判所そのものでないことはもとよりのこと、被告裁判所と同一の立場にたつ、いわば当事者に準ずる者にも該当せず、申立人らが主張するように、被告が原告を裁くといつた筋合のものでないことは明白である。よつて、右両裁判官に民事訴訟法第三十五条第一項の除斥原因はなく、この点に関する申立人らの主張は理由がない。

二、つぎに、三浦、斎川、加藤の三裁判官に、忌避の原因があるかどうかにつき判断する。

(一)  右三裁判官が、いずれも被告裁判所に所属する裁判官として、現在まではもとより、将来もまた被告裁判所の裁判官会議の決議に司法行政上拘束されることのあるのは、申立人の主張するとおりである。

しかしながら、裁判官が裁判の職務を行うにあたつては、裁判官としての良心にしたがい、憲法と法律にのみ拘束され、独立してその権限を行うものであることは、憲法第七十六条第三項に明定するところであり、裁判官に対する司法行政上の拘束は、いささかもその裁判官の担当する訴訟の審理に影響を及ぼすものではない。すなわち右三裁判官が、いやしくも訴訟法上の裁判所を構成し本件訴訟の審理をするにあたつては、なんら被告裁判所による司法行政上の拘束を受けるものではなく、このことは、憲法および裁判所法に定められた裁判官に対する身分保障の諸規定とあいまつて、右のように制度上、客観的に保障され、確立されているところである。そればかりでなく右三裁判官は、申立人らに対する本件懲戒処分をした当時の被告裁判所の裁判官会議の構成員でなかつたため、当時その決議に関与していなかつたことも明らかである。したがつて、右三裁判官が被告裁判所の裁判官会議の決議に司法行政上拘束されることがあるからといつて、なんら裁判の公正を妨ぐべき事情にあるとはいえないのである。

(二)  また斎川、加藤の両裁判官が、申立人筒井喬次、同正木郡平と、それぞれ職務上、上命下服の関係にあることは、申立人らの主張するとおりである。

しかしながら、忌避の原因として、「裁判の公正を妨ぐべき事情があるとき」というのは、当事者が、ただ主観的に、裁判の公正に対する不信の念をもたせるような事情があると考えただけでは足りないのであつて、事件を担当する裁判官に、当事者からみて裁判の公正に対する不信の念を抱かせるような何らかの具体的な事情があり、しかもなおその事情が、一般社会の健全な良識にてらし、そのような不信の念をもつのもまことにもつともだと思われる程度にまで、客観性をもつたものでなければならないのである。

そうだとすれば、申立人らの主張する事情は、右にいう程度の客観性をもつたものとはとうてい認めることができず、これは申立人らの単なる主観的な推測にもとずく主張にすぎないというべきである。したがつて右両裁判官と右申立人両名との間に、職務上、上命下服の関係があるというだけでは、ただちに本件訴訟につき裁判の公正を妨ぐべき事情があるということはできない。

以上、いずれの点からみても、三浦、斎川、加藤の三裁判官に、忌避の原因があるとは認められないので、この点に関する申立人らの主張もまた理由がないというべきである。

三、よつて本件各裁判官に対する除斥および忌避の申立は、いずれもその理由のないことが明らかであるから、これを却下することにする。

(裁判長裁判官 石田穣一 裁判官 杉島広利 根本隆)

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